「芸能人は歯が命」というフレーズを聞いて、懐かしいと感じる方もいるかもしれませんね。東幹久と高岡早紀のお二人が、「芸能人は!」、「歯が命!」と叫んでいた、アパガードという歯磨き粉のCMがありました。1995年の流行語になるほど、インパクト抜群のCMで、30年ほど経った今でもよく覚えています😁
その当時は歯の白さが芸能人にとって大切という意味で宣伝されていましたが、今回は『歯=命』に大きく関係するお話をしたいと思います。
自然界の動物にとって、歯が痛くて食べれない=死に直結します。
しかし、人間では歯が痛ければ歯医者さんで治療を行い、歯が無ければ入れ歯でなんとか食べれるよう、もしくは柔らかいものを食べるなどの工夫が出来ます。
一見、歯が無くても命に影響することが無いように見えますが、実際はどうでしょうか?
最近、歯を抜くことが多くなってきた、とおっしゃる中年の方に出会うことが多くあります。
また、若い人でも子供時代の虫歯が尾を引いて、抜歯となってしまう方に出会うことがあります。
簡単に歯を抜いてしまう選択を考えてしまう人がいるかもしれませんが、その前に一度、「歯の価値について」考えてみてもいいかもしれません。
・歯の価値はどれくらい?
「歯は大切」とよく言われますが、実際の金額に換算するとどれぐらいの金額になると思いますか?
少し古いデータになりますが、2005年に日本医学予防協会が歯の価値についてのアンケートをとっています。今と物価は違いますが、参考になると思います。

この金額を高いと思うか安いと思うかは人によると思いますが、参考になる考え方として、失った歯→インプラントで代替する考え方だと思います。
失った歯をインプラントでの治療を行う場合には骨造成や歯肉の移植術を行わないシンプルな場合で、1本50万円前後が必要になります。
骨造成や歯肉移植を行う場合は、その価格に約10万~40万前後の追加の費用が必要になります。
しかも、歯根膜を持たないインプラントは、天然歯に比べると噛み応えの感覚が鈍く、また免疫反応も弱いため歯周病のリスクも高くなります。
そのため、インプラントの治療では、その精度や歯周病のコントロールに加えて、噛み合わせなどの力のコントロールなどを複合的にコントロールすることが非常に重要になります。
つまり、歯を失ってしまった場合は多くのコストをかけても、元の歯よりも劣ってしまう治療になると言えると思います。
その例外は『自家歯牙移植』になりますが、また別の機会にお話をしたいと思います。
以上のことを踏まえると、歯1本の価値は500万円よりもより価値があると私は考えます。
1本の歯が持っている価値についてのお話をしました。
次は、その大切な歯がどれくらいで抜歯になってしまうのか、新しい調査結果をもとに、現状についてお話をしたいと思います。
・何歳から歯がなくなり始めるの?
みなさんは、ご自身の歯が何本あるかご存知ですか?
ゆっくり鏡を見ながら数えることは少ないと思いますが、親知らずを除くと全部の歯の本数は28本あります。上下左右の親知らずが生えている人は、32本になります。
では、実際に日本人の歯がどれくらい残っているのでしょうか?
下のグラフは、歯が残っている平均本数について厚生労働省が令和4年に調査した結果です。(令和4年厚生労働省 歯科疾患実態調査結:参考資料1)

年々改善傾向にありますが、85歳以上では残っている歯の本数が14.5本、
親知らずを除くと全部の歯の本数の28本のうちおよそ半分の歯を失っている状態です。
この状態では、多くの方が入れ歯、もしくは入れ歯を使っていない状態です。残念ながらなんでもよく噛めるということは難しいかもしれません。

・入れ歯は噛みにくいって本当?
自分自身の歯(天然歯)と入れ歯の噛む力には大きな違いがあります。
天然歯には歯根膜と呼ばれる、歯の根と顎の骨を繋いでいる細い繊維があります。
歯にかかる力を歯根膜が受け止め、歯に当たる硬さや柔らかさを感知し、脳に刺激を伝えることで、歯ごたえを感じたり、強い力をクッションのように吸収することができます。
歯根膜のおかげで、天然歯の噛んだ時の圧力は、約50~90kgという強い圧でも許容できます。
しかし、入れ歯では歯がないため歯根膜がなく、支える部分は弱い歯茎(歯槽粘膜)になります。そのため歯槽粘膜が耐えることができる力までしか支えられないため、総義歯で噛んだ時の圧力は、2~15kgとなります。
入れ歯は天然歯と比べると噛む力は約1/5以下になり、咀嚼効率は天然歯の約1/6と言われています。(参考資料2)

・歯が多く残っている人は元気で長生きする!?
歯の本数と健康寿命の関係
歯が残っている本数と平均寿命との関係を調べた論文があります。(参考資料3)
2010年に発表された論文で、これは65歳から74歳の男性女性ともに、歯が残っている本数が多いほど平均寿命が長かったというデータです。

また、2017年に東北大学大学院歯学研究発表で歯の本数と健康寿命に関する論文が発表されています。(参考資料4)
下のグラフは、2012年に65歳以上の健康な方の歯と入れ歯の使用の有無と認知症の方の割合について4年間追跡調査したものになります。
その結果、歯がほとんどなく入れ歯を使用していない人は、20本以上の歯がある人に比べると認知症の発生のリスクが1.85倍も高くなることが示されました。
また歯がほとんどなくても義歯を入れることで認知症を発症する4割ほど抑えることができるとも言えます。
自分の歯とは違いますが、インプラントでしっかりと奥歯で噛めるなら、入れ歯よりも噛む力が上がるため、より認知症の発症リスクを抑える可能性があるかもしれませんね。
しっかりと噛める歯があるかどうか、歯がなくても噛める入れ歯を使えているかどうかが、認知症の発症に大きく関わるというデータが出ています。

・歯がないと、肺炎になりやすい?
飲み込み(嚥下)と歯の状態には、非常に大きな関係があります。
人が食べ物を飲み込む時には、上下の歯を安定させることで、舌を上の前歯の裏側(スポット)に押し上げます。それにより、舌とつながっているノドにある舌骨を嚥下時に上方に持ち上げることで、同時に喉頭が持ち上げられます。その際に喉頭蓋というフタが気管へ入り口を塞ぎ、その後に食道の入り口が開いて食塊が流れていきます。
難しい話になりましたが、結論を言うと
歯がなくなると飲み込む力が弱くなり、誤嚥性肺炎のリスクが高くなります。
少なくとも、入れ歯でしっかりと上下の歯が安定していることが、飲み込む力を保つことに非常に重要になります。
勤務医時代に訪問歯科チームと嚥下チームの立ち上げを行ない、訪問の現場で多くの患者さんを診察している中で実感してきたことと一致します。歯を失っている人ほど、合わない入れ歯を使っている人ほど寝たきりや、認知症の方が多くいらっしゃいました。
そして誤嚥性肺炎になったことがある方の多くが、歯を多く失っており、奥歯でしっかりと噛めない場合が多くありました。
嚥下内視鏡で嚥下機能の検査や嚥下リハビリを行なっていましたが、一番の予防はしっかりと噛める状態を維持することと痛感しました。
「歯を失うことは、健康寿命が短くなることに直結する」
言い換えると、
「健康な歯が残っていると、元気な老後を過ごせる」
と言えると思います。

今回は、健康な歯でしっかりと噛めることが、健康で長生きすることにつながるというお話をしました。
「歯は命」と言えるほど大切な「歯」を守るためのポイントは大きく3つあります。
- 質の高いメンテナンスを定期的に行うこと
- 治療する場合は、長期間安定する治療を行うこと
- 虫歯、歯周病の原因に対処する、原因療法を行うこと
次回は、メンテナンスを選ぶ歯医者さん選びのポイントについてお話をしたいと思います。
道頓堀キムラ歯科クリニック
院長 木村沢郎
参考資料1:厚生労働省.令和4年歯科疾患実態調査結果の概要 https://www.mhlw.go.jp/content/10804000/001112405.pdf
参考資料2:診査・診断に基づく総義歯の臨床[著] 阿部晴彦
参考資料3:Fukai K et al., Geriatr Gerontol Int, 2010
参考資料4:2017年6月 東北大学大学院歯学研究科発表